小泉今日子3


▼ページ最下部
001 2023/11/07(火) 19:21:18 ID:QTuoEDYRog
小泉今日子2 http://bbs83.meiwasuisan.com/1980s/1595850921...
小泉今日子  http://bbs83.meiwasuisan.com/1980s/1443787224...
の続きです。

スレ画は、94年7月5日発行のデラックス近代映画「BIGアイドルオンパレード」から、
本編の1ページ目です。BIGアイドル8人は、みんな顔のアップから始まるのですが、
どれも、そのアイドルの特徴を見事に表現しています。

このカットは、この笑顔を見るとすべての事が許せてしまうキョンキョンスマイルです。
とんがった顎が、キョンキョンスマイルにスパイスを効かせていて、
他のアイドルとは異なる魅力になっています。

返信する

※省略されてます すべて表示...
291 2026/04/15(水) 23:13:29 ID:GHkovSvqZ.
月刊明星の83年2月号の、富士登山レポートの2ページ目です。
「あの夜」とは、レコード大賞新人賞5人の発表の時、キョンキョンが入っていなかった夜の
事でしょう。(新人賞5人の発表は11月後半なので、12月23日発売のこの号に間に合う)
新宿音楽祭や日本テレビ音楽祭では、新人賞枠が2人でも選ばれているので、
キョンキョンの本心は、5人の枠なら選ばれるだろう。と思っていたのでしょう。
選ばれなかったショックを隠そうと、いやな子になっていたキョンキョン。

最後には、お天気姉さんになりたい。という逃避癖まで出る始末。
いやな子の気分を変えるため、富士登山に挑戦しました。
ちなみに、キョンキョンがショートカットにしたのは、富士登山の後ぐらいでした。
ショートカットにしたのも、気分転換の意味があったのかも知れません。

返信する

292 2026/04/19(日) 06:01:53 ID:Ggzw8ZPiYw
月刊明星の83年2月号の、富士登山レポートの3ページ目です。
次ページに書いてある、雪のある八合目まで登ったキョンキョンでしょう。

返信する

293 2026/04/22(水) 10:45:40 ID:D9kTLnGC3I
月刊明星の83年2月号の、富士登山レポートの4ページ目です。
昔の明星の富士登山企画「厳寒の富士に立つ」を見ていたキョンキョンは、「ウソ、ださーい」と
思っていたので、五合目まで車で来た時、旅立つところを間違えたかな。と、ちょっと後悔。
しかし自分の足で上り始めると、いっぱいの雲の間から太陽が出て来る雄大な景色を見て、
実は感激屋のキョンキョンの本性が出てきて、
この気持ちを、もっともっと素直に出せばいい。と実感しました。

キョンキョンの太い脚(失礼)を持ってしても、目指す8合目には、なかなか着きません。
脚がボーのようになって、もーダメと思った時、6合目にいるシブがき隊を発見。
それを見たキョンキョンが発奮し(仲間意識か、それともいつもイジメられているからか)
知らない間に、雪のある8合目まで登っていました。

「KYOKOのバーカ!、いじはり女」と叫んで、すっきりしたキョンキョン。
83年は気分新たに、えがお命で頑張る事を誓ったキョンキョンでした。
(実際、83年からブレイクいました。)

返信する

294 2026/04/25(土) 20:24:21 ID:/MvKxigcL.
月刊明星の83年2月号から、CANDY BOX大賞のコーナーです。
レコード大賞新人賞5人の中に入らなかった事に、グチってる文章です。
睡眠時間の短い子5人に新人賞を、と無謀な提案をしています。
そうすればキョンキョンは体力があるので強い。との事ですが、キョンキョンは高校を
退学しているので、高校に通っている他のアイドルより睡眠時間は取れていたはずです。

返信する

295 2026/04/29(水) 22:28:21 ID:FafXgK60PA
月刊明星の83年2月号から、あなたへの年賀状のコーナーです。
大ざっぱな性格を、びょーきのせーかくとして直したいと、抱負を書いていますが、
後に、大ざっぱな性格で、理想を立てなかったから、芸能界で長く活躍出来た。
と語っています。本当は、293で書いてある「いじはり女」の方を
直したかったのでしょうが、重複するので書かなかったと思います。

歌が上手くなるまで、キョンキョンは時間がかかりましたが、
全国ツアーを重ねる度に徐々に上手くなり、80年代末頃が、一番上手かったです。

返信する

296 2026/05/03(日) 04:52:07 ID:58EO5YulXw
月刊明星の83年2月号から、シブがき隊との対談の1ページ目です。
シブがき隊が、「あのコ、ちょっと苦手だよ。」と言って、ちょっかいを出せなかったのが明菜。
シブがき隊と会うと、悪口にも怯まず応戦していたのが、キョンキョン。
花の82年組の中で、トップアイドルに駆け上がった二人は、強い心を持っていました。

「たまごシャンプー」の言葉だけで、シブがき隊めがけて卵を投げたキョンキョン・ファンが、
隣にいたキョンキョンの頭に当たった事件を表している事から、当時は有名な事件だった事が
分かります。(そのキョンキョンを、明菜が助け、二人の友情が育まれて行きました。)
ちなみに、対談で言っている問題の絵は、2ページ目に載っています。

「人の肉体的欠点でいじめるって、いちばんインケンなやり方よ。」と正論で反論する
キョンキョンの姿勢は、今も変わっていません。水谷絵津子を始め、伊代・ちえみ・
最後はキョンキョンまでイジられています。でも、シブがき隊にとっては、
最も軽口を言い合える相手がキョンキョンだったのでしょう。石川秀美が、
薬丸と付き合っている事を聞いた早見優が、「どうしてシブがき隊のヤックンと付き合えるのか
理解出来ない。」と言っていましたが、この対談を読んでも分る通り、優の素直な感想でしょう。

返信する

297 2026/05/08(金) 01:31:53 ID:cE2LTfKP2E
月刊明星の83年2月号から、シブがき隊との対談の2ページ目です。
今では、元シブがき隊の中で、キョンキョンと一番交流がある本木が、
他のメンバーに言われ、歌のかくし芸を繰り出します。
ちなみにキョンキョンを含め、花の82年組女性アイドルたちからは、
薬丸=怖い。布川=親切。本木=ムードメーカー・芸達者。という印象でした。

「Gジャンブルース」は、B面でもテレビで歌っていたので、キョンキョンは
知っていたのでしょう。シブがき隊解散後は、やはり本木がいち早くキョンキョンと
92年の連ドラで共演し、布川は97年のバラエティ番組で共演。
一番遅かったのが薬丸で、2011年のはなまるマーケットでした。この頃の事が頭を
よぎっていたためか、キョンキョンを「何とお呼びしていいか?」と、迷っていました。

返信する

298 2026/05/08(金) 01:55:34 ID:O.qP7WDmSc
おもしろくない

返信する

299 2026/05/11(月) 08:29:49 ID:l4vUM8fyks
近代映画の83年2月号には、ちえみとの共演グラビアが7ページ、
対談が4ぺージ載っています。その共演グラビアの1ページ目です。
竹馬に乗ったキョンキョンは余裕の笑顔、ちえみは少し心配そうです。

返信する


▲ページ最上部

ログサイズ:237 KB 有効レス数:295 削除レス数:4





1980年代掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

スレッドタイトル:小泉今日子3

レス投稿

未ログイン (ログイン

↑画像ファイル(jpg,gif,png)